アンテナを張って2

こんにちは、こんばんは、すっとさようなら、ザクザク食感です。

ここ一年くらいでいくつかの仲違いを目撃する機会があった。
意見の折り合いがつかなくて距離を取ることは、人と関わりあって生きていくうえではままあることだと思う。だが如何せんホモソの閉じた世界で生きてきたせいで、自分を除く身の回りで距離を置くほどの仲違いが発生したことがなかった。
なので、親交のある人同士が自分にはどうしようもないことで対立しているときの気持ちを今更知った。僕は世界を拡張することに奥手だが、関わりのあるすべての人に幸せになってほしい。

僕は人間関係において対話を重く置きすぎている節があるが、お互いを尊重するためにも距離を置かなければならないこともあるんだと知った。
お互い言い分があっても、それぞれの人生があるから言えることも言えないこともあるし、全部話せば解決するというわけでもないんだなと思った。

僕は意見が食い違ったときに自分の考えを明け透けにする癖がある気がしている。嘘をつきたくない・分かり合いたいを盾に自分の考えを主張しても、そこには相手への配慮がないし、自分に正当性があると思っている故の驕りでもある気がする。
いろんな事例を見て、自分の浅さを再認識した。

僕はただの傍観者でしかないので戯言だが、自分の人生を生きていれば縁のある人とはまた巡り合うことになるし、関係性はどうであれ分かり合える……たぶん
自分のことも相手のことも理解するために距離を置くことは大事だと思う。ありふれた言葉だわ 世間がよく言っていることだわ 僕は何年もかかってそれを実感したけど……

なんでこんなことを今更書いたかというと、ピノキオピーのアンテナを聴いて泣いたからだ。やっぱりこの曲はすべての話をしている気がした。

つらかったこともいつか笑って 数年後に思い出して

それでは、さようなら。


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