これからどんな日が来たって無敵さ!

こんにちは、ザクザク食感です。

恋人ができた。

僕が!恋だなんて!

過去にも恋をしたことがあった。当然上手くいかなかった。今僕がここに至るまでの変遷は、そのときの気持ち、見えてきた自分の醜さ、弱さ、愚かさとどう向き合っていくかが核になっている。
長い時間をかけて、ようやく自分の足りない部分と共生する道が見えてきたように思えた。受け入れて生きていけるようになって、世界を正しく認識できるようになったと思う。
この先誰かを愛することはできたとしても、誰かに恋をすることがあるとは思っていなかった。
だから!それが突然訪れて!僕は困惑している!

元々友達だった人に会って、その人のしぐさや言葉遣い、間合い、空気感に触れて、それがパズルのピースのようにぴったりはまる感覚があった。
ああ恋だ、と思った。それを自覚したとき、理由はわからないが自分の中で強い納得感があった。それと同時に、自分の中にこの感覚が二度と訪れるとは思っていなかったので困った。怖かった。人を好きになることに付随するすべての感情と記憶が一気に引き起こされて気が狂った。
今思えば自分の中で整理がつくまでそのまま抱えておくべきだったと思うが、誰かに相談するという発想にもならず、本人に伝えて、たくさんの話し合いを重ねて付き合うことになった。それから3カ月が経った。

僕は今すごく幸せだと感じる。薬によって世界を正しく認識できるようになったことで視界がどんどん広がっていくことがとても幸せで、それが上限だと感じていたのに、それを超える凄まじい幸福に触れてしまった。
誰かと過ごすということは二人分の人生を生きることだと思った。その表現は世間の常套句だと思うが、自分で体験してその意味を理解した。相手の喜びや苦しみが自分のことのように感じた。それらを共有して干渉できるのが幸せだと感じた。幸せの大きさと同じくらい自分の未熟さも知った。
言動や佇まい、存在そのもの、その人を構成するすべてからその人の生きてきた積み重ねが滲んでいて、人は生きているんだ、みたいな当たり前のことを痛感した。相手がそう見えるように、自覚できなかった僕の長所や短所、人生の積み重ねが自分の輪郭をつくっていて、手に取るようにわかる感覚があった。
人は人との境界線の形をしているという言葉を改めて思い知った。エヴァはすべての話をしていた。

この先僕がどれくらいその人の近くに居続けられるかはわからない。僕といることが相手にとって最善かどうかはわからない。
でも少なくとも今の僕は、相手に縋って泣いて喚いて引き留めることはしないと思う。相手が本当に幸せになる道を見定める手助けをすることが幸福だと感じる。
以前の僕はそれができなかった。そのせいで多方面に多大な迷惑をかけた。そのことをずっと後悔していた。だがその経験を経たことで今自分が進むべき道を見定められていると思うし、迷いもあまりない。
意味のないことなんて何一つないんだと思った。この先間違えたとしても、それもきっと無駄ではないんだと思えた。そう思うと人生って素晴らしいと思いませんか!?

これからどんな日が来たって無敵さ!

それでは、さようなら。


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